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ITは雇用を創出するのか?雇用を奪うのか? その5

松田 幸裕 記


ゴールデンウイーク中の緊急事態宣言が大方の予想通り、延長されました。多くの皆さんはこれを予想されていたでしょうから特段驚きはないでしょうが、緊急事態宣言によって被害を受けている事業者・労働者の皆さんにとっては強い憤りを覚える状況でしょう。大まかで不明点も多い感染経路情報と、街中の人流情報など、限られたデータのみで意思決定しているせいなのか、意思決定の仕組みが破綻しているからなのかわかりませんが、1年以上経つ今も全体的な対コロナ戦略は見えず、場当たり的な対応が続いているように見えます。

そんな中、個人的に気になるのはオリンピック・パラリンピックです。メディアが世論を映し出そうとした結果なのか、メディアが世論を煽り立てた結果なのかわかりませんが、メディアを中心としてオリンピック・パラリンピックが目の敵にされています。「開催を信じて準備したい」という選手の声はスルーし、オリンピック・パラリンピック開催を少しでも疑問視するような選手の発言があると、ここぞとばかりに採り上げて連日報道しています。

可哀想なのは選手たちです。メディアやコメンテーターの人達は「私たちはオリンピック・パラリンピックや選手を非難しているのではなく、政府や委員会を非難しているだけ」という気持ちなのかもしれませんが、選手たち、特にアマチュア競技の選手たちから見れば「自分たちの夢が非難されている」、「自分たちが非難されている」と感じるでしょう。

選手たちの本当の気持ちを私がわかっているわけではありませんが、オリンピック・パラリンピックという夢に向かって必死に頑張ってきた選手たちの気持ちを、バイアスをかけずに汲みとって、選手を置き去りにせずメディアが報道・議論してくれることを願うばかりです。

本題に入ります。以前の投稿「ITは雇用を創出するのか?雇用を奪うのか? その4」にて、ITなどの技術進化によって仕事を奪われるリスクは高まること、仕事を奪われないために従業員は業務の中で日々創意工夫をし、日々考え、今を壊し、新たなものを創り上げていくことで、より高い成果を出していく必要があることを述べました。また、そのためには従業員へ権限を委譲し、「自分で決めていいんだ」という文化をつくり、学習する組織の中で個々人が関わり合いを持ち、気付きをぶつけ合い、創意工夫して成果を上げる、そんな仕組みをITも活用しつつ構築していく必要があるという話をしました。本投稿ではITから少し離れてしまいますが、このような環境や仕組みを醸成するうえで弊害となる「官僚制」について触れたいと思います。

エンパワーメント vs. 官僚制

ITでの仕組みづくりも重要ですが、より重要なのは文化や風土の醸成です。エンパワーメント(権限委譲)を促進し、皆で協力しながら創意工夫し続けられる、そんな環境が土台として必要です。しかし、そんな環境を実現するのは簡単ではありません。なぜなら、多くの組織はどちらかというと官僚制に基づいて成り立っており、それが完成形となっているためです。官僚制を壊してエンパワーメントへ向かうべきなのか、それとも両立してそれぞれの恩恵を享受することはできるのか、、、難しいテーマです。

ゲイリー・ハメル氏による官僚制への批判

私が官僚制という言葉で最も連想するのは、ロンドン・ビジネススクール 客員教授のゲイリー・ハメル氏です。といっても、彼は官僚制を推し進めた人ではなく、官僚制を批判しエンパワーメントを推奨している人です。

少し古いですが、ゲイリー・ハメル氏の考え方が理解できる記事がありますので、参考までに載せさせていただきます。

経営にもイノベーションが必要である<1>

経営にもイノベーションが必要である<2>

経営にもイノベーションが必要である<3>

彼は、「労働生産性を上げ、たくさんの人たちをハッピーにするために、組織内の官僚制を縮小させよ。間接部門のダウンサイジングや削減に留まらず、管理者や監督者、社内手続き、帳票や文書、規則や不文律、職務分掌、会議、ヒエラルキーなどを可能な限り減らす。この「官僚制依存症」から脱することができれば、労働生産性は劇的に改善するはずである。」と論じています。

廃れない官僚制

私が把握している限り、このゲイリー・ハメル氏はかなり前からこの主張をされており、理論として明確化されてきています。例えばハーバード・ビジネス・レビューで過去に掲載された論文を見てみますと、2006年6月号に掲載された「いまこそマネジメント・イノベーションを」という論文ではすでにマネジメントの変革が必要であることを主張しており、その中で現状のトップダウン型の経営に疑問を呈しています。

そして2009年4月号に掲載された「マネジメント2.0 新時代へ向けた25の課題」という論文では、標準化、専門分化、階層性、コントロール、株主利益の最重視などを土台とした、工業化時代の「マネジメント1.0」の限界を説いています。

さらに、2013年3月号に掲載された「マネジメントにイノベーションを起こすために 【インタビュー】いま、経営は何をすべきか」では、日本企業の硬直したヒエラルキーや中央集権化、過剰管理などの問題を指摘しています。

そして最近では、2021年3月号に掲載された「現場の潜在力を引き出すマネジャーの心得」で、従業員へのエンパワーメントの徹底が必要であること、その実現は容易ではないが、成功している企業はあること、などを述べています。

確かに、従業員へのエンパワーメントを促進して成功している企業はチラホラと出てきています。しかし、未だ大部分の組織は官僚制を基本として成り立っているのが現状でしょう。

エンパワーメントは促進できるのか?

官僚制は、経営側にとっては都合の良い仕組みです。自身が思い描く理想へ向かうために、組織を階層化し、アメとムチをうまく使い全体をコントロールしていくという方法は、ある意味理にかなっていると思います。しかし、今まで書いてきた通り、従業員の個々の力をフル活用して成果をあげていくには、エンパワーメントという手段が必要とされます。ゲイリー・ハメル氏が主張することが真実だとすると、今からでもこのことに真剣に向き合い、変革を成し得た企業こそが、今後発展していくと言えます。この中でIT活用を含め創意工夫していくことで、更なる相乗効果が期待できるのではないでしょうか。

私は、自ら企業を立ち上げ、権限を捨てることでエンパワーメントの実現にトライしています。それしか方法はないと思って決断したことなのですが、正直この方法が正解なのかはまだわかりません。この方法でどこまで理想に近づけるのか、未来への不安と期待が交錯している中ですが、がむしゃらにトライしていきたいと思っています。