松田 幸裕 記
「ITは雇用を創出するのか?雇用を奪うのか? その2」では、「グレート・デカップリング」というキーワードについて触れました。経済の健全性を測る四つの指標である一人当たりGDP、労働生産性、雇用の数、家計所得は第二次大戦後30年以上、どれも着実に、ほぼ足並みを揃えて上昇してきたのですが、1980年代になってそれが崩れてきています。所得の伸び悩みが始まり、雇用の伸びも減速しているとのこと。GDPと生産性が表す経済的豊かさは上向きなのに、労働者の所得と雇用は減速しているという現象を「グレート・デカップリング」と呼び、その要因の大きな一つが技術進化だとされている、という話です。
この「グレート・デカップリング」の現象に関連するものとして、「令和元年版 情報通信白書」に気になる話が書かれていたため、本投稿で触れたいと思います。
2008年のリーマンショックの谷を抜けた後、世界各国のGDPはおおむね回復基調にあるものの、先進国に共通してGDPが伸び悩んでいるという傾向が出ているそうです。
かつてノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ロバート・ソローは、1987年に著した書評の中で「至るところでコンピューターの時代を目にするが、生産性の統計ではお目にかかれない」とコメントしました。これは後に「情報化が進んでも生産性の向上が実現しないという逆説」として「ソロー・パラドックス」と呼ばれましたが、上記のGDP伸び悩みは「ソロー・パラドックスの再来ではないか?」として議論を生んでいるとのことです。
ITの進化により効率化・自動化など生産性向上が進んでいると思われている中、なぜこのような傾向が見られるのでしょうか。情報通信白書の中でも考察が行われていて、いくつかの原因が推測されています。例えば、「ITによるイノベーションは娯楽や情報通信自体といった分野に限られ、蒸気機関や電力といった人間生活のあらゆる領域にわたって大きな影響を与えた過去の技術革新には及ばない」、「ITは無料でのサービス提供や既存のモノのシェアを促進するため、そもそもGDPの成長に貢献しない」などです。(詳細は、情報通信白書の本編をご覧ください。)
短絡的かもしれませんが、個人的には「グレート・デカップリングの状態よりは、GDPも労働者の所得・雇用も共に伸び悩んでいる方が健全ではないか」と思ってしまいます。GDPと生産性が表す経済的豊かさは上向きなのに、労働者の所得と雇用は減速しているという状態は不健全に思われるため、これらの要素が共に伸び悩んでいる方がまだ健全に思えます。
資本主義の社会の中、どうしても「経済成長するのがあたりまえ」と思いがちですが、「成長・発展」より「平和」であってほしい、そんな気もしています。
サイバー犯罪、オレオレ詐欺、コインランドリー等の店舗を狙う窃盗など、治安が悪化しているのではないかと思われる出来事が多く、海外に誇れる信頼・平和の国だと思っていた日本が崩れてきていることに、悲しい思いがします。ITによって平和な日本が維持できるのであれば、GDPなどの伸び悩みよりもそちらを優先したい、そう思います。
このあたりは人によって考え方が異なりますね。ぜひ皆さんも、じっくり考えてみてはいかがでしょうか。