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人間は利己的なのか、利他的なのか その2

松田 幸裕 記


引き続きコロナウイルスが猛威を振るい、東京近郊では不要不急の行動を自粛する要請も出ています。そんな中で、「我慢できないから」「自分は若いから感染しても軽症で済むから」など身勝手な理由で不用意に外出したり、自己中心的になり慌てて食料を買い込んだりする動きが見られるのは、とても悲しいことですね。

前回の投稿「人間は利己的なのか、利他的なのか その1」で、人間には利他的な精神が宿っていること、人間は想定されていた以上に協力的で私心がない、あるいは自己中心的な行動を慎むという証拠が見つかっていることをお伝えしました。ただ、人間が利己的になるのか利他的になるのかは、その周囲にある状況やその時の心理状態によって異なると思っています。本投稿では、組織内で利他的な風土を醸成するためのヒントとなりそうな理論について、触れてみたいと思います。

アンダーマイニング効果

前回の投稿でも簡単に触れましたが、「外発的な動機付けが行われることによって自発的な行動が抑制される」という心理的な動きを「アンダーマイニング効果」と言います。アンダーマイニング効果は内発的動機づけが失われる話であり、厳密には利他的な行動に関する話ではありませんが、内発的動機づけと協力行動は密接に関係しているため、「外発的な動機付けが行われることによって協力行動が抑制される」とも言えます。
 組織力を高めるために、ビジネスを成長させるために、多くの企業ではアメとムチで人を動かしてきました。ナレッジマネジメントというキーワードで情報共有などが促進された時も、やはり人事評価と紐づけて「情報共有を積極的に行った人は評価を高くする(=報酬を多くする)」というような決め事を設けてきた企業も多いのではないでしょうか。
 しかし、アンダーマイニング効果などを考えると、アメとムチではなく人間が持っている利他的な精神を最大限に引き出すという方向に、考え方を変えてみるのも有効なのではないかと思います。

道徳心を呼び起こす

行動経済学の権威であるダン・アリエリー著の「予想通りに不合理」に、興味深い話があります。
 人間は、たとえ普段自分が正直者だと思っている人たちでさえ、小さなごまかしや不正を犯します。「間違えてお釣りを多くもらった時に黙っている」、「会社の交通費精算で、実際に使った経路より金額の高い経路で精算する」など。しかし、その前に「十戒を思い出させる」、「倫理規定への署名をさせる」などを行うことによって、道徳心が呼び起こされ、道徳基準に思いがめぐり、ごまかしをすることがなくなるそうです。
人はチャンスがあれば自己中心的になって小さなごまかしをしてしまいますが、道徳心を呼び起こすきっかけさえあれば自己中心的な感情が消え、人の痛みを考えることができるようになるのかもしれません。
 道徳心と利他的な行動が必ずしも一致するわけではないと思いますが、企業理念や行動規範に「利他」「他者貢献」「人の痛みを感じる」などの大切さを盛り込むことによる効果はあるのではないかと思います。もちろん、つくっただけで滅多に見られることなく、心に届かないようなものでは意味がありませんので、皆が共感できて心に届くような企業理念や行動規範が必要なのは言うまでもありません。

貢献感

アドラー心理学では、幸福とは「貢献感を持つこと」であるとしています。貢献感とは、貢献していると感じること、自分のしていることが「他者に役立っている」という感覚です。
 一般的には人間は「承認欲求」を持っており、人に承認される(褒められる、認められる、「いいね」をもらう)ことによって承認欲求が満たされるとされていますが、アドラー心理学でいう貢献感は承認欲求とまったく異なり、人に承認されなくても貢献感は持てるとされています。
 アドラー心理学自体、そこに述べられている感覚を持つことが非常に難しいものであり、簡単に理想的な貢献感を持つことは困難でしょう。まずは社内SNSの「いいね」などで承認欲求を満たすことも織り交ぜつつ、「承認をもらえなくても貢献感は持てる」ことを徐々に理解できる環境を作っていけたらいいですね。

いずれもITだけではどうにもならないことですが、できることから始めていき、組織内に利他的な風土を醸成していきたいですね。