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人材育成を再考する ~教えすぎの弊害~

松田 幸裕 記


昨今、人材不足が深刻化しています。その中でもIT人材の不足はよりひどく、IT人材の採用で苦戦していない企業はほとんどいないという状態ではないでしょうか。

弊社もご多分に漏れず、人材採用は難航しています。特に即戦力となる中途採用はより難しい状況です。そのため、今はどちらかというと「即戦力の採用より、人材育成へ」という方向に舵を切り、各種教育コンテンツを充実させ、外部向けのみでなく内部の人材育成にも積極的に活用しています。

ただ、人材の育成もまた難しいテーマです。丁寧に教えれば伸びる、という単純なものではありませんよね…。本投稿を初回として、人材育成について時々でも考察していければと思っています。

ITではなくサッカーの話から…

以前の投稿「Jリーグ30周年!サッカーとITの関係を考察する」で、「サッカーが汚れてきている?」という話をしました。ボールを取りに行く選手、ボールを持っている選手ともに相手のユニフォームを引っ張ることが多く、今開催中のアジアカップでもひどいプレーが散見されますし、年末年始に開催された全国高等学校サッカー選手権大会でも少なからず見られました。まるで「ユニフォームを巧妙に引っ張る練習をしているのでは?」と思ってしまうような自然さで、巧みにユニフォームを引っ張っていたのが印象的でした。

「どのような過程でこのような汚いプレーを身に付けてしまっているのか?」が気になってWebを検索したところ、以下のページにたどり着きました。

サッカー少年はなぜユニフォームを引っ張る?日本人が誤解する「アグレッシブ」の意味

このページによると、「日本人はずる賢さが足りない」、「日本人はアグレッシブさが足りない」という言葉を大人たちが表面的に捉えて子供たちに伝えてしまっている、ということが一つの原因のようです。ユニフォームを引っ張る行為は日本のみでなく海外でも見られますが、日本ではこういうことが主な要因なのかもしれませんね。

このページの話には、私自身が育成を考えるうえで気づきになる内容が詰まっていました。私なりに解釈したいくつかのポイントを以下に挙げます。興味が沸いた方は、ぜひ原文をご一読ください。

  • 教える側が、自分が教えられた経験則や、実際に見てきたものしか参考にしていないことが多い。
    (これは私自身も、「子育て」や「組織のマネジメント」において常々感じてきました。)
  • 指示命令や教えすぎの弊害でプレーに創造性が欠ける。大人が教えないからこそ子どもが伸びる。
  • 日本では「レシピ」をすぐに求める。「何をやるか?」などのwhatばかりで、「なぜそれをやるか?」などのwhyがない。whyを考えられなくなっている。
  • 「doingより、being」。「どうするか」のdoingよりも、「どうありたいか」のbeingを大事にする。

教えすぎの弊害

ユニフォームを引っ張る話から上記のページに出会い、いろいろと気づきをもらうことができました。私自身、人に何かを説明することは得意な方だと思っていて、人に教える時も同じように丁寧に教えています。その時の理解度という意味ではかなり手ごたえがあるのですが、それはあくまで成長のための一部であって、「自身で考える」という力を育てるための何かが別途必要ということになります。

「教えるな、考えさせろ」だけでは、皆が一から学ばなければならず、人類の進化もなかなか生じないと思います。そう考えると、「どこまでを教え、どこからを考えさせるか」というバランスの問題のように思えます。

私自身もある程度は意識してきたことですが、改めて育成の際の「教わる」と「考える」のバランスを考えてみたいと思いました。

なかなか答えが出ないテーマですが、今後も時々このテーマで考察していきたいと思います。