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日本におけるIT人材不足の原因を探る ~その2~

松田 幸裕 記


サッカーワールドカップカタール大会のアジア最終予選で、日本はオーストラリアに2-0で勝利し、7大会連続のワールドカップ出場を決めました。出場が決まったことは嬉しいですが、私はDAZNに入会していないため、試合を見ることができず非常に残念です。JリーグもDAZNが10年間の放映権を獲得しているようですので、最近は試合をテレビで見る機会も少なくなり、当然ながら知っている選手も減る一方です。

有料サービスでのサッカー放送が増えていき、地上波でのサッカー放送が減っていくことは、日本のサッカー界にとってプラスに働くのか、マイナスに働くのか、難しいところですね。Jリーグとしては結構な放映権料を得ることができているため、賞金なども増え、各チームの実力アップなども期待できるでしょう。一方で、地上波でサッカーに触れることが少ない状況下では、ふと試合を見たことによってサッカーを好きになるというきっかけもなく、サッカーをする人、サッカーを見る人が増えていかないという心配もあります。

今後のサッカー界がどのような道をたどるのか、気になるところですね。

本題に入ります。前回の投稿「日本におけるIT人材不足の原因を探る ~その1~」で、ここ数年深刻化している「IT人材不足」の原因について、私自身がITの現場で見てきた感覚なども含めて考察を行いました。前回は「役割モデルの問題」、「「労働」を測る制度・文化の問題」、「官僚制の問題」など、組織構造や制度的な面について触れました。今回は少し視点を変えて、組織の学び、人間の学びという観点でいくつか原因と思われる要素について考えてみたいと思います。

組織の知識創造を軽視する傾向

上図は、私がITによる組織の生産性向上を支援する際に、よく使用する図です。生産性は「算出÷投入」で導き出され、分子である「算出」を増やして分母である「投入」を減らせば、生産性が上がることになります。組織においては「売上÷コスト」で簡易的に生産性を導き出せますが、改善していくためには組織活動を細分化した形で生産性を考えた方が、改善策が見えてくる場合が多いです。組織におけるコミュニケーション、コラボレーションなどを含めたフロー化されていない活動の生産性を上げる場合、私は上図のように「投入を減らす」を「効率化・コスト削減」に置き換え、「算出を増やす」を「知識創造」や「組織力向上」に置き換えて話します。効率化・コスト削減を進めて「投入」を減らし、知識創造や組織力向上で新たな提案方法やソリューション、成果物などを生み出したりすることで「算出」を増やし、その結果生産性が上がるという考え方ですね。

このように、生産性を上げるには算出と投入の両面で考える必要があるのですが、上記のような組織におけるコミュニケーション、コラボレーションなどにおいて生産性を上げようとすると、つい「効率化・コスト削減」のみに比重が行ってしまい、組織における知識創造や組織力向上により生み出されるものについてはなぜか軽視されてしまう傾向にあります。

「学習する組織」になれず、皆に「言われたことだけやっていればいい」というような考えが植え付けられてしまうと、人間の成長は抑制され、魅力的な人材は創出されず、その結果人材不足という問題が生じるといえるのではないでしょうか。

脳の可塑性の問題

以前の投稿、「データドリブン経営の実現にむけて その5」で「脳の可塑性」という要素に触れました。詳しくは以前の投稿を見ていただきたいですが、脳は何百年、何千年かけて少しずつ進化していくというわけではなく、ちょっとした環境や行動の変化に適応し、良い方向にも悪い方向にも変化する性質を持っています。

現代のインターネット社会、SNS社会において、私たちの周りには断片的な情報が満ちあふれ、次から次へと流れていきます。この現代社会の中で、私たちは断片的なテキストを次々と拾い読みし、没頭を拒み、その結果思考の分断、注意散漫状態を作り出します。インターネットやSNSの性質が人間の思考を分断させ、深い思考、創造的思考を行うのを妨げます。そして、脳の可塑性によって、人間の脳はより浅い思考をする脳へ変化していく危険性があるのです。

ピーター・センゲ氏の著書「学習する組織―システム思考で未来を創造する」には、「個人が学習することによってのみ組織は学習する。個人の学習なくして組織の学習なし。」という記述がありました。学習する個人が少なくなり、その結果「学習する組織」も生まれず、人間の成長は抑制され、魅力的な人材は創出されず、その結果人材不足という問題が生じるといえるかもしれません。

人々の思考が止まり、学びが止まってしまうことが多くなっているのではないか?と感じることは、時々あります。例えば業務上でのコミュニケーションの中で、私から問題の背景や解決に向けての方向性などを説明すると、「ということは、私はこうすればいいですね?」と先を読んで動こうとしてくれる人、「…で、私は何をすればいいのか、指示してください」という人に分かれます。感覚的ですが、後者の人が多くなっているように感じており、少し心配です。

テレビのニュースや情報番組でも、コメンテーターによる心配なコメントをよく耳にします。「政府が講じた対策はどうなんでしょうね」など批判的なコメントは比較的簡単なので言えますが、「では、どうすればいいか?」を言えない人が多いように感じます。ひどい時は、「じゃあどうすればいいと思いますか?」と聞かれた際、「そんなこと私に聞かないでください…」と返したコメンテーターを見たこともあります。

「ダメだと言うなら、それよりいい案を出しなさい」

私が好きな、田中角栄氏の名言です。日々の業務の中で、他人事だと思わずに思考を止めず考え続け、議論を活発に行い、何かを生み出すという流れや文化をつくっていくことが重要だと思っています。