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「DX白書 2023」から今を読む その3 ~賃上げの動きは日本をどこへ導くのか~

松田 幸裕 記


日本で急激に賃上げの動きが進んでいるようです。今年の春闘では大手企業を中心に早期決着や満額回答が続き、中小企業へもこの動きが波及しているようです。

前回の投稿「「DX白書 2023」から今を読む その2 ~日本のIT人材における課題~」で、日本のIT人材について考察しました。本投稿では、ITに限らず人材への賃上げが活性化することによって、今後どのような変化が生じてくるのか、そして企業としてはどのような対策をしていくべきなのかを、考えてみたいと思います。前半部分は「DX白書 2023」の内容に触れませんが、後半でつなげていきたいと思います。

企業における賃上げの財源は?

円安やエネルギー価格上昇などによる値上げが深刻化している中、さらに「従業員の賃金を上げたいから、当社の商品・サービスを値上げします」とはなかなかいきませんよね。十分な利益が出ている企業は内部留保を削ることで対応可能ですが、それ以外の企業は賃上げする分の経費の財源を考えなければなりません。先日情報番組で見ましたが、ITやロボットによる自動化を進めることで必要な人的リソースを抑える努力をしたことで、賃上げができるようになったという企業もあるそうです。これはこれで素晴らしいことですね。

自動化や効率化による労働者への影響は?

ただ、ITやロボットによる自動化、あるいは業務の効率化を進め、人的リソースを抑えることができるということは、労働者が少なくて済むということになります。日本の出生数は50年間ほど右肩下がりで、労働人口が減少傾向にあるため、顕著な失業率上昇は見られないかもしれませんが、非正規雇用者の賃金が上がらない等の問題は引き続き深刻な状態になるかもしれません。

日本の少子化問題が深刻化していますが、仮に少子化問題が起こらず出生数が一定数を維持できていたとしたら、自動化や効率化による失業率の方がより深刻化していたかもしれませんね。

また、自動化が進むと、「ITやロボットでできることは、ITやロボットがやればいい」ということになり、ITやロボットができることしかできない人は、できる仕事がなくなっていくことになります。それでも仕事をするには、ITやロボットによる経費以下の賃金で仕事をしなければならなくなります。

この課題とどう向き合うか?

賃上げにより自動化や効率化への努力に拍車がかかり、それにより労働力が不要になるというジレンマについて触れましたが、この問題とどう向き合えばよいかを考えてみたいと思います。

まず、自動化や効率化のみに努力を向けるのではなく、付加価値向上にも努力する必要がありそうです。生産性は「産出÷投入」で表現されますが、分母である「投入」を削減するための自動化や効率化ばかりを行ってしまうと、労働力が不要になっていきます。そうではなく分子である「産出」の増加にも力を入れることで、労働力を不要にすることなく売上や利益を増加することができます。

DX白書2023」で、「DXの取組内容と成果」というアンケート結果がありましたのでご紹介します。

DXの取組内容と成果

本白書では、DXを実現する段階として、以下の3つを定義しています。

  • デジタイゼーション:アナログ・物理データのデジタルデータ化
  • デジタライゼーション:個別の業務・製造プロセスのデジタル化
  • デジタルトランスフォーメーション:組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化、「顧客起点の価値創出」のための事業やビジネスモデルの変革

日本は米国に比べ控えめに回答する可能性もあるため、「すでに十分な成果が出ている」のみでなく「すでにある程度の成果が出ている」も加えた形で日米を比較すると、日本では「デジタイゼーション(情報のデジタルデータ化)やデジタライゼーション(業務のデジタル化)の中の業務効率化は米国と同様に進んでいるが、デジタライゼーションの中の高付加価値化やデジタルトランスフォーメーションにおける進展が思わしくない」という状況に見えます。

先ほどの表現に戻すと、「産出÷投入」の分母である「投入」の削減は進んでいて、分子である「産出」の増加は思わしくない、ということが言えそうです。日本においては、付加価値の創出、ビジネスの変革などにより力を入れていく必要がありそうです。

また、ITやロボットにできないことができる人材にならなければ、という意識も必要になってきそうです。AIが急速に進化してきている今、ITやロボットは「限られた、決まったことだけしかできない」という域を超えてきています。ITやロボットに仕事を奪われないよう、力をつけていかなければなりません。

上記のいずれにしても、個人、そして組織における学習が不可欠です。「学習する組織」の中で個が学習し、組織の学習へとつなげられるような企業文化にしていくことが、今後の企業としての責務になるのではないかと思っています。