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2022年、ITを俯瞰する その2 ~改めて考える「人間中心」の意味~

松田 幸裕 記


新型コロナウイルス感染者数が、物凄い勢いで増加しています。感染者数、濃厚接触者数の増加が社会経済活動に支障をきたす状況になっており、後付けのような形で濃厚接触者の隔離期間を7日に短縮するなどの対策が行われています。

「2週間前後でオミクロン株の感染者数のピークが到来する」という話が専門家の方々から発信されてから1週間強が経過しています。あと1週間弱のタイミングが本当にピークであってくれればうれしいですね。データがないことから「なぜ第5波は収束したのか?」なども検証できないこと、感染者数の増減は恐怖心など人間心理と連動するため(株価などと同じく)予測が困難なことから、今回の専門家の予測を信じることはできませんが、早く収束することを祈るばかりです。

本題に入ります。新たな年を迎えたこともあり、一旦立ち止まって「今、ITで何が起きているのか?」を俯瞰してみたいと思います。本投稿では、「人間中心」というキーワードについて考えてみたいと思います。

「人間中心」は広く注目されているキーワードではなく、現状では「いくつかの記事で見られている」という程度です。ただ、昔から使われているこのキーワードは今も昔もとても重要なものと考えており、今後より意識されるべきものと思っているため、このキーワードを基に言葉の意味や今後のITのあり方について考えてみたいと思います。

「人間中心」が伝えたいこと

「人間中心」というキーワードで最も聞き覚えのある言葉は「人間中心設計(Human Centered Design)」でしょうか。人間工学やユーザビリティの知識と技術を適用し、人にとって使いやすいものをつくるための方法論として確立されています。また、最近では「人間中心のAI」というキーワードも聞かれます。内閣府は「人間中心のAI社会原則」という考え方を基に、指針やガイドライン策定を進めていますが、これは人間がAIに過度に依存することへの警戒感から生まれたもので、「AIは人間の様々な能力をさらに発揮するためのものであるべき」という意味で「人間中心」という言葉が使われています。

このように、使う場面によって「人間中心」の意味が微妙に異なっている気がしますが、土台として共通しているのは「つかうのは人である」ということですね。なぜかシステム開発やクラウドサービス導入などを行うときはその当たり前の事実を忘れてしまいがちなので、このようなキーワードを用いての意識づけが必要なのかもしれません。

弊社がひそかに掲げているコンセプト「Motivational IT™」

「つかうのは人である」という忘れがちな事実をもう少し広く捉え、「ITを導入するのも、利用するのも、心を持った人である」という事実を忘れないために、数年前に「Motivational IT™」というコンセプトを掲げました。ITを導入するための意思決定をする経営層の人、その意思決定をもとに外部へ委託する情シス部門の人、委託先のITベンダーの人、導入されたITを利用する人、、、すべて心を持った人です。この当たり前の事実を忘れてしまうと、どのようなことが起こるのでしょうか。

(「弊社が掲げている」と書いていますが、、、実際は弊社内でもあまり浸透できていないコンセプトだったりします。このコンセプトの要素には納得感を持ってもらえていますが、この「Motivational IT™」という造語は浸透しておらず、、、気に入っているのは私だけかもしれません。)

導入する人たちの感情がIT導入の成否に影響を与える

綿密に計画を立てて開発されたシステムなのに、使いづらかったり、無駄な機能が多かったりするのはなぜでしょうか。一つの原因は、上流フェーズの要件定義にあります。導入ベンダー側は「早めに要件を確定し、スムーズに開発を進めたい」のですが、ユーザー企業側は「現時点では必要な機能が不明確なため、早期の要件確定は難しい」です。結局開発側の都合で早期に要件を確定しますが、ユーザー企業側は「ほしい機能は今言っておかないと追加費用になってしまう」と思い、使うかわからない機能まで要件として入れ込みます。その結果、無駄な機能が増え、その分の開発やテストなどのコストも膨らみ、システムは複雑化します。

また、ユーザー企業の情シス部門は、利用者の意見を聞くのを怖がります。上流フェーズで利用者から意見を聞くと、「こういう機能が欲しい」、「こういう機能がないと使えない」など、本当に必要かは別として様々な要望を受けてしまい、要件が無駄に膨らんでしまうかもしれないためです。利用者との接触を恐れてしまうと、当然ながら利用者のニーズを満たしたシステムは導入できませんよね。

余談ですが、ユーザビリティの権威であるヤコブ・ニールセン氏は自身のサイトで「使いやすいインタフェースをデザインするためには、ユーザーの発言ではなく行動に注目すること。自己申告による主張は信頼性が低い。それは、将来の行動に関するユーザの推測だからである。」と言っています。ユーザー中心設計、人間中心設計の各種手法もこの原則を前提にし、利用者の真のニーズを引き出すものになっているため、とても有益なものだと思いますが、システム導入に携わる人たちの間ではこれらの手法はいまいち浸透していないように思えます。

企画・利用する人たちの感情がIT導入の成否に影響を与える

また、業務効率化以外を目的としたIT導入の活用も課題となっています。CRM、ビジネス・インテリジェンス、社内SNSなど、十分活用されず、価値を見出せないツールは多いです。これらのITは「使わなくても業務は回る」という性質を持っているため、導入しただけでは使われず、ユーザーが「使いたい」、「使わなきゃ」と思って初めて使われるものです。

IT導入を企画する立場としてどのような思いをもっているのか、その思いを利用者にどう伝えていくのか、利用者としてどのようにその思いを受け取りITを活用していくのか。すべてはそれぞれの立場の人たちの感情によって大きく変わり、この点を軽視して効果的なIT導入は難しいのではないかと思います。

日本におけるIT投資額は、他国と比較して低いと言われています。IT投資を効果的に行えばビジネスの成長につながり、さらなるIT投資へとつながりますが、上記のような課題を多くの企業で抱えていて、IT投資の効果を示せず、IT投資額を簡単に増やせない状況です。

ITを導入するのも、利用するのも、人です。その人たちの感情を重視したIT導入が、上記のような問題を少なからず解決してくれると信じ、このコンセプトを胸に今後も支援をしていきたいと思っています。