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新型コロナウイルス問題から「働き方」を再考する その3

松田 幸裕 記


休業要請や自粛要請の段階的な解除が進み、新規感染者数の大幅な増加も今のところ見られず、徐々に活気が戻りつつあります。

3月中旬から下旬にかけての気の緩みが感染者数増加につながったことを思い出すと、なぜ今回は感染者数の大幅な増加が見られないのか不思議に思います。理由として「夏の気候が守ってくれている」、「3月の頃とは生活様式が違う」などがありますが、もし前者が理由の場合は秋から冬にかけての第二波が可能性として高くなるため、今のうちに対策が必要ですね。

「緊急事態宣言は本当に必要だったのか、検証が必要」と言われており、徐々にデータや見解が出てくることを期待していますが、2月後半の「この1~2週間が瀬戸際」と言われて自粛した際に感染者数が大きく増加しなかったこと、前述したようにその後の緩みで大幅な増加が見られたことを考えると、あの2月後半のレベルの自粛が再度要請される可能性は十分にあります。そう考えると、あの当時の状況を想定し、対策を打つことも一つの手かもしれません(あの当時は武漢型、現在は欧米型とウイルスのタイプが異なるため、この想定が確実とも言えませんが)。

以前の投稿「新型コロナウイルス問題から「働き方」を再考する その1その2」に続き、本投稿でもコロナウイルスに関連して、IT屋として感じる「働き方」に関するトピックに触れてみたいと思います。

トランザクティブ・メモリーとは?

今回取り上げたいキーワードは、「トランザクティブ・メモリー」です。

組織力を高めることはどの組織においても非常に重要ですが、その一つの大きな要素が「組織の記憶力」であり、組織全体としてどれだけ知が蓄積されているかが重要とされています。その「組織の記憶力(知)」において重要なのは、組織の一人ひとりが同じ知識を記憶することではなく、組織内で「誰が何を知っているか」を知っておくことである、という考え方が「トランザクティブ・メモリー」です。個人に根付いた専門知識を組織が効果的に引き出すための「トランザクティブ・メモリー」が、組織の記憶力やパフォーマンスを高める効果があると、確認されてきています。

私がトランザクティブ・メモリーについて初めて知ったのは、前回の投稿でも触れた早稲田大学大学院・ビジネススクール教授の入山章栄氏が著された「世界の経営学者はいま何を考えているのか ― 知られざるビジネスの知のフロンティア」という書籍からです。入山氏の書籍では必ずと言っていいくらい触れられているため、興味のある方は入山氏の書籍を読んでみることをお勧めします。

タレントマネジメントとしてのデータベース化

ITを使って、この「トランザクティブ・メモリー」を高めるための方法は、いくつかあると思います。

一つは、「タレントマネジメント」を推進する中で、自社に所属する人材一人ひとりの特性(経歴、経験、スキルなど)をデータベース化して一元的に管理し、活用することです。大企業に勤務された経験のある人は、一度や二度は「皆さんの情報をここに入力してください」という指示が人事部等から届いて、入力したことがある人は多いのではないでしょうか。

実際には、トップダウンで入力指示を出して一度はデータベース化したものの、十分に活用されず、そのうちに情報の鮮度が落ち、使われなくなることが多かったと思いますが、最近では情報の鮮度を保つことを助ける技術も出てきています。例えばMicrosoft社のMicrosoft 365では、Office Graphというバックエンドの仕組みによって、日常のドキュメント編集、メール送受信、会議などの情報から、その人がどのような情報を持っているか、どのようなつながりを持っているかなどの情報を蓄積し、それをDelveという機能で検索、表示することができるようになっています。

社内SNS

もう一つは、「社内SNS」的な位置づけのソリューションです。組織では情報共有の重要性が認識され、様々な情報共有のための試みがされています。メーリングリスト、ディスカッション掲示板、社内SNS、ドキュメント管理サイト、勉強会など、いろいろな方法での情報共有が行われていますが、それによって「(共有してくれた)この人は、この分野に強い人」という認識がなされます。これらの行為が日々行われていれば、自然に「誰が何を知っている」かを皆が知ることになります。

特に、「社内SNS」的な機能はトランザクティブ・メモリーの蓄積に有益なツールとなると思っています。気軽に知の交換ができ、「こんなこと共有したら迷惑かな」というような投稿のハードルもさほどなく、さらに「いいね」などによって相手の反応を感じることもできるため、知の交換が促進されます。

「ディスカッション掲示板」や「社内SNS」が活用されるか否かは、社員間の関係、モチベーション、利他的な精神なども大きく影響するため、活性化させて効果を出すことは非常に難しい分野と言えます。例えばMicrosoft 365でいえば、チームコラボレーションとしてのTeamsは爆発的に利用者が増えているのに対し、社内SNSとしてのYammerはいまいち利用率が低いと認識しています。しかし、前回の投稿「新型コロナウイルス問題から「働き方」を再考する その2」でも触れたように、無意識の暗黙知を意識化して形式知にすることは非常に重要なことであり、そのための有力なツールであるYammerなどは、特にWithコロナ環境では重要視すべき領域ではないかと思うのです。

前者の「タレントマネジメントとしてのデータベース化」、後者の「社内SNS」ともに、ITを導入しただけで効果が出るものではありません。組織としてどのような形をあるべき姿として描くのか、そのために何を大切にしていくのか、などの軸をしっかりと持ち、「仮説・検証」の意識を忘れず、ITも駆使して継続的に可視化と改善を続けていく必要があると思っています。